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未知の祭…エッ?
 
 



おれらのリューダ祭(以下リューダ祭)を言葉で説明するのはなかなか難しい。

なぜなら、リューダ祭はまだ一度も行われたことのない祭で、体験した人もいなければ、まだ一部のひとにしかイメージのない未知の祭だからだ。

祭の姿・形を、また想像される楽しさ、充実感を伝えようとすると、必要以上に決めつけたくなる。みんなそうだと思うが、遊んでいる時は楽しいが、好きなことでも決められるとおもしろくない。

また、新しい祭だから自由にノビノビやっていいはずなのに、細かく考えていけばいくほど、わざわざやるほどのことでも、ワクワクするほどのことでもなく思えてくる。

やりたいとピーンとひらめく処、そんな気分になれる処、自分がいいと感じるイメージ、そのままに開かれていく場所がリューダ祭だと受け止めて欲しい。

僕らがこの祭を創っていく時、一番重く、大切にしたい点がそこにある。 自分の想ったこと、考えたことがそのまま祭の姿・形に創り上げられる。そんな祭を創ろうと思っている。 新しいことをわざわざやるおもしろさと苦労もそこにある。

ちょっと想像して欲しい。誰かがすでにやっている自分に合った気にいるものを探して手に入れることと、自分でいろいろなものを参考にしながら、自分の考えをまとめながら、自分の気に入るものを創ってしまうことの違いを。

おそらくリューダ祭のイメージは後者の方だと思う。

リューダ祭は遊ぶこと、自分で遊ぶことに似ている。みんなが普段できない遊びをやろうということだ。 リューダ祭では、自分のピンと来たこと、自分のやってみたいことを持って参加してもらうのが一番だと思う。 それはどんなことだってかまわない。例えば「やる気の起きることなんてないわたし」それだってOKだ。

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